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【前編】映画と地域をつなぐ想い―講演会主催者・加藤雅也さんインタビュー

  • 執筆者の写真: 編集 さささんぽ
    編集 さささんぽ
  • 7月18日
  • 読了時間: 8分

6月14日(土)、愛知大学豊橋キャンパスで行われた映画講演会「昭和100年・昭和映画物語 戦後80年・豊橋と岡本喜八」。東宝映画や東京ディズニーランドの衣装を手がけた池田誠さんを講師に迎え、昭和の映画と地域の歴史を結びつける内容が語られました。 

 

 この講演会の開催を知ったのは、一本のメールがきっかけでした。送り主は、私たちのゼミの先輩でもある加藤雅也さん。学生時代、「さささんぽ」で地域取材に取り組んでいた加藤さんが、社会人となった今も変わらず地域に関わり続けていることを知り、私たちは強く惹かれました。 

 

今回の取材のきっかけとなったリクエストメールを送ってくださったのは、こちらの加藤雅也さんです。 


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         【写真左側・加藤雅也さん 右側・池田誠さん】 

 

 イベント開催に込めた思いや背景を、ぜひ記事として伝えたい――そう考えた私たちは、講演会当日を前に加藤さんにインタビューを依頼。今回の前編では、取材を通して見えてきた加藤さんの思いや活動の軌跡をご紹介します。 

 

Q.映画に興味を持ったきっかけを教えてください。 

A.小・中学校まではクラブチームで野球に打ち込んでいましたが、怪我をきっかけに辞めてしまいました。高校に入ってからは、野球に代わる「夢中になれるもの」を探していました。 

そんな中、高校1年生の冬休みに訪れた名古屋市科学館の企画展「館長 庵野秀明 特撮博物館」が、映画を好きになるきっかけでした。「大学に入ったら絶対に映画を作る」と心に決め、それが勉強のモチベーションにもなりました。  

私の住む西尾市にはかつて「西尾劇場」という昔ながらの映画館がありました。しかし、私が映画を好きになった頃には無くなっており、営業していた頃の写真や映像を見て、ノスタルジーのような憧れがありました。  

愛知大学入学後は映画研究会に入り、サークルの自主映画の監督を務めたり、商業映画・ドラマのエキストラにもいくつか参加したりと、映画にかかわる活動を積極的に行っていました。 

 

Q.地域と映画文化の関わりに興味を持ったきっかけは何ですか。 

A.「地域と映画文化」に興味を持ったのは、2018年に佐々木順一郎さん(愛知大学OB、しねとろ倶楽部 主宰)の50年代映画ポスター展を見学した事がきっかけでした。  

1960年代、豊橋市には12館の映画館があり、豊橋で撮影された映画もありました。 2000年代ごろには、西尾市と同じように昔ながらの駅前の映画館がすべて閉館となりましたが、映画文化を残そうという思いで有志が映画祭を開催して現在まで続いています。 そういった歴史を知り、他の地域と映画文化の関係も調べはじめました。  

また、『日本のいちばん長い日』などで知られる岡本喜八監督が豊橋陸軍予備士官学校(現在の愛知大学豊橋キャンパス)で戦時中を過ごしていたと知り、高校時代から監督のファンだった私にとって、とても衝撃的でした。こうしたことから、岡本喜八監督や戦争映画を取り上げた小冊子を映画研究会の仲間と作り、自主映画を見に来てくれたお客さんに配布するなど、地域と映画を結ぶ活動にも取り組みました。 

 

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Q.ゼミを選んだ理由や、ゼミ活動で印象に残っている出来事について教えてください。 

A.ゼミの説明会で、辻ゼミはウェブメディア「さささんぽ」を運営していると聞き、それまでの自分の活動が生かせると考えて辻ゼミを志望しました。なかでも中川運河まつりの取材では、地元の方から『泥の河』という、1980年代のアカデミー賞にノミネートされた名作映画の撮影があったエピソードを伺った事が印象に残っています。  

コロナ禍を経て、昨年は映画『怪獣ヤロウ!』のエキストラに参加しました。豊橋市を舞台にした東海テレビのドラマ『家族の写真』を撮られた八木順一朗監督の作品で、ゴジラをきっかけに映画監督を志した八木監督自身の体験を投影したストーリーです。  

完成した作品を観て、学生時代の夢を諦めずに怪獣映画制作に挑む主人公に感情移入して、自分もそういった映画に関わる活動をもう一度してみたいと思うようになりました。

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Q.普段、どんな映画をよく観ますか。 

A.私は1950〜70年代の日本映画を観ることが多いです。当時の価値観や流行、街の風景が映し出されていて、今とは違う時代の空気を感じられるところが面白いところです。 

また、昔の映画はテンポや音楽の使い方にも特徴があります。撮影所内のスタジオオーケストラが生演奏した音楽をそのまま使っていて、現在の映画とはまた違う迫力や華やかさがあります。特に1958年前後の作品は、日本映画が最盛期を迎えていたこともあり、映像や音楽の贅沢さに驚かされます。 

シニア世代には懐かしく、若い世代には新鮮に感じられる──そんな昭和の映画の魅力を、これからも楽しんでいきたいと思っています。 

 

Q.影響を受けた映画は? 

A.影響を受けた作品は、1983年公開の映画『人生劇場』です。 

この作品は、西尾市吉良町出身の作家・尾崎士郎の小説を原作とした作品で、これまでに14回も映画化されています。 

主人公・青成瓢吉は、三州吉良(現・西尾市吉良町)出身で、尾崎士郎自身がモデルとなっています。この物語では、早稲田大学の学生である主人公が、学生運動に身を投じたのち、小説家を志して故郷をテーマにした小説で新人賞を獲るも、かつて同居していた女性・お袖と再会し、彼女を追って成功へのチャンスを棒に振ってしまう という、波瀾万丈の人生を歩んでいく姿が描かれます。 

特に心に残っているのは、ラストのセリフ── 


「オレのした事は、おやじは分かってくれると思うよ。やっと三州の男になったとね。」 


同じ三州吉良の人間として、郷土愛を感じられて胸が熱くなりました。しかも、主人公が自分と同じ大学生だったこともあり、「自分もこんなふうに、信念を持って生きていきたい」と思わせてくれる作品でした。 

私は、柳ケ瀬ロイヤル劇場の岐阜大学創立70周年記念イベントでこの映画を観賞しました。遠い岐阜の映画館で満員のお客さんに囲まれ、自分の故郷を舞台にした映画を観るのが不思議な気分だった事を覚えています。  

そういった貴重な映画体験も含めて、影響を受けた映画として印象に残っています。 

 

Q.今回の講演会開催に至った経緯 は何ですか。 

A.昨年末、NHK-Eテレで放送された『生誕100年・映画監督 岡本喜八の遺したもの』を観賞しました。番組には愛知大学も取材協力しており、豊橋キャンパスの正門も映っていました。  

生誕100年を記念して、監督ゆかりの地である鳥取県米子市や神奈川県川崎市ではイベントが開かれましたが、豊橋市では映画祭などがあるにもかかわらず、取り上げられる機会がありませんでした。  

今年に入って岡本喜八監督の映画を見直しており、インターネットオークションに出品されていた映画『斬る』の台本を購入しました。その台本は、衣装担当の池田誠さんが使用していたものだとわかりました。 それから、池田さんの著書やインタビューを拝読し、昨年、池田さんの講演会を主催された静岡映画文化フォーラムの方を通じて池田さんに手紙を送ったところ、「愛知大学で講演会をやりませんか。」とお返事の手紙をいただきました。池田さんは岡本喜八監督作品の他、お隣の豊川市で撮影された映画『黒部の太陽』にも参加されており、私自身も一映画ファンとして興味深い話が聞ける貴重な機会だと思ったので、講演会を開く運びとなりました。 

 

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Q.今後の目標や展望について 教えてください。 

A,自主映画や地域と映画文化、映画鑑賞などやりたい事が多く、どれも中途半端になっている現状です。  

今後このようなイベントの主催側をするならば、他の映画祭で取り上げられないジャンルから、地域と関係のある映画を知ってもらえるようなイベントにしたいです。  

 

最後に加藤さんから読者の方、特に学生に向けてコメントを頂きました。 

「夢のためなら闘え」 

これは、私が高校生の頃に出会った映画『エド・ウッド』(ティム・バートン監督)の中に出てくるセリフで、それ以来ずっと座右の銘にしている言葉です。 

今回講演会を開くことができたのは、学生時代から続けてきた映画への思いが、ようやく一つの形になったからだと感じています。映画に限らず、何か一つでも自分の好きなことを突き詰めていくことは、大きな力になると思います。 

皆さんにも、ぜひ夢に向かってまっすぐ突き進んでいってほしいです。 

 

 

【最後に】 

いかがでしたでしょうか。加藤さんの映画への熱い思い、そして講演会に向けた真摯な姿勢がとても印象的なインタビューとなりました。 

準備の過程では、なかなかスタッフが集まらず大変な時期もあったそうですが、「色々な方に相談したり連絡を取ったりする中で、映画ファン同士のつながりの温かさを感じられました。そのありがたさを大切にしたいです」と語ってくださいました。 

そうした一つひとつの出会いややり取りに、加藤さんのひたむきな思いが詰まっているように感じました。 

 

さて、次回の後編では、実際の講演会の様子や、池田さんの語った昭和映画の裏話、会場の空気感などをお届けします。戦争と映画、そして豊橋の土地との意外なつながり――その一端をぜひご覧ください。 

 

 

【取材・執筆】川口・滝川・三林 

この記事は2025年6月の情報です。 

 

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